■ 上肢の解剖

上肢前面
(1) 上腕前面の皮膚を剥離し、皮下組織にて橈側皮静脈と尺側皮静脈、採血に用いられる肘正中皮静脈を確認する
(2) 上腕前面の屈筋群(烏口腕筋, 上腕二頭筋, 上腕筋)を同定する。この時、支配神経である筋皮神経の枝がこれらに入り込むのが確認できる
(3) 上腕動静脈および筋皮神経・正中神経・尺骨神経を剖出する(上腕二頭筋を筋腹で切断して翻し視野を確保する)
肘窩, 前腕前面
(1) 肘窩で上腕動脈の分岐を確認し、主要な枝である橈骨動脈と尺骨動脈を手根部に至るまで追う
(2) 前腕前面の筋群を同定(停止腱からたどると出しやすい。深層の筋群は浅層の筋群を停止腱で切断して翻し確認する)
(3) 上腕から続く正中神経と尺骨神経を剖出(筋皮神経は前腕では皮神経となって終わる)。また腕橈骨筋の深層で橈骨神経を確認する
手掌
(1) 長掌筋を長掌腱膜と共に取り去り、手の内在筋(まずは母指球と小指球の筋群)を同定。同時に橈骨動脈と尺骨動脈の吻合による浅掌動脈弓を剖出する
(2) 手根管を開いてこれを通る(または通らない)構造物を確認
(3) 浅層の筋や腱を切断して深層の筋群を求める。同時に深掌動脈弓を剖出
(4) いずれかの手指で浅指屈筋と深指屈筋の腱を追い、腱交叉を確認。また指動脈の走行にも留意する(指の中央ではなく両側を通る)
肩甲部, 上腕・前腕の後面, 手背
(1) 肩甲部の筋群を同定
(2) 肩甲骨まわりの神経・血管の走行を確認。例えば三角筋を起始部で切断して翻すとこれに入る腋窩神経および後上腕回旋動脈が見られるが、これらが外側腋窩隙を通ることを確認する。また棘上筋を取り除くと、肩甲切痕を渡る上肩甲横靱帯の上を通る肩甲上動脈と下を通る肩甲上神経が見られる
(3) 上腕三頭筋の長頭、外側頭、内側頭を分離する。外側頭を切除し、大円筋の下縁から出て橈骨神経溝に沿って走行する橈骨神経と上腕深動脈を確認する
(4) 前腕後面の伸筋群を同定
(5) 手背の皮神経(橈骨・尺骨神経の終末)、腱および腱鞘を観察
胸部浅層, 腋窩, 関節
(1) 胸部の皮神経・皮静脈を観察した後、大胸筋を起始部で切断して翻し小胸筋、これをさらに切断して前鋸筋を出す
(2) 胸鎖関節をはずし、鎖骨をできるだけ外側で切断して取り除きこの部の視野を確保した上で、腕神経叢を剖出。枝分かれの様子を確認する。同時に鎖骨下動脈から腋窩動脈、上腕動脈に移行する動脈から出るいくつかの枝を同定する
(3) 上肢の各関節で靱帯を同定。また上腕骨頭の縦断面で骨の内部構造を観察する


演習問題

問1. 手がだらりと垂れて手首を伸ばすことができない。障害されている神経はどれか。

 ① 腋窩神経 Axillary nerve
 ② 筋皮神経 Musculocutaneous nerve
 ③ 尺骨神経 Ulnar nerve
 ④ 正中神経 Median nerve
 ⑤ 橈骨神経 Radial nerve

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  • 橈骨神経は上腕・前腕の伸筋を支配するので、障害されると肘関節・手関節の伸展が不能となる。問題文のような状態は下垂手と呼ばれ、これに加えて(回外筋の麻痺によって)回外もできなくなる。橈骨神経の障害は松葉杖による腋窩の圧迫や長時間の腕枕、(同神経は上腕骨の橈骨神経溝に沿って走るので)上腕骨の骨折などによって起こる。低位麻痺としては他にも正中神経麻痺による猿手、尺骨神経麻痺による鷲指手、正中・尺骨神経麻痺による鷲手など。また、主要な構造物の名称については英語名にも慣れておきたい。



    問2. 肩甲回旋動脈はどこから起こるか。

     ① 外側胸動脈
     ② 肩甲下動脈
     ③ 前上腕回旋動脈
     ④ 後上腕回旋動脈
     ⑤ 上腕深動脈

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  • 肩甲下動脈の枝である肩甲回旋動脈は肩甲部で肩甲上動脈(<甲状頚動脈<鎖骨下動脈)や肩甲背動脈(<頚横動脈<鎖骨下動脈)と吻合する。このような肩甲動脈吻合は鎖骨下動脈や腋窩動脈が閉塞した際に側副路として使われ、上肢への血液供給に役立つ。この「肩甲回旋動脈が肩甲下動脈から起こる」というのは一見些末なことのようにも思われるが、肩甲下動脈の分岐部から上腕深動脈の分岐部の間で腋窩動脈・上腕動脈が閉塞した場合には上肢への血流が維持されないことを意味しているのである。



    問3. 手根管を通るのはどれか。

     ① 尺骨神経
     ② 正中神経
     ③ 長掌筋腱
     ④ 総指伸筋腱
     ⑤ 長母指屈筋腱

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  • ②, ⑤
  • 手根管は手根骨と屈筋支帯によってつくられたトンネルで、浅指屈筋・深指屈筋・長母指屈筋の腱と正中神経を通す。ピアノやタイピングなどで手の指を酷使してこれらの筋の腱鞘が摩擦によって炎症を起こすと(腱鞘炎)、親指から薬指にかけて痺れるなど正中神経の圧迫による障害をきたすことがある(手根管症候群)。なお、尺骨神経と尺骨動静脈が通るトンネルはギヨン管と呼ばれる。



    問4. 外側腋窩隙を通るのはどれか。

     ① 腋窩神経
     ② 橈骨神経
     ③ 上腕深動脈
     ④ 肩甲回旋動脈
     ⑤ 後上腕回旋動脈

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  • ①, ⑤
  • 外側腋窩隙 Quadrangular space は上腕三頭筋長頭の外側で大円筋・小円筋・上腕骨に囲まれた四角形の間隙で、三角筋へ向かう後上腕回旋動脈と腋窩神経を前から後ろへ通す。内側腋窩隙 Triangular space は上腕三頭筋長頭の内側で大円筋・小円筋に囲まれた三角形の間隙で、棘下筋へ向かう肩甲回旋動脈を通す。橈骨神経と上腕深動脈は上腕三頭筋長頭と上腕骨の間で大円筋の下を通って、上腕骨の後面に出る。



    問5. 外側神経束から起こり上腕の屈筋群に枝を出しながら上腕二頭筋の深層を下行し、前腕外側部の皮膚に分布して終わる。この神経はどれか。

     ① Axillary nerve
     ② Musculocutaneous nerve
     ③ Median nerve
     ④ Radial nerve
     ⑤ Ulnar nerve

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  • 筋皮神経の名は上腕で筋の運動を、前腕では皮膚の感覚を担うことから付けられている。腕神経叢 Brachial plexus(C5-T1)については終枝の走行のほか枝分かれの様子などがよく問われるが、これらは腕神経叢麻痺について考える上でも有用である。腕神経叢麻痺には娩出時の牽引や鎖骨上窩の外傷などによって神経根・幹の上位(特にC5, 6)が損傷して起こるエルブ麻痺と、上腕の過度な外転・挙上などによって下位(C8, T1)が損傷して起こるクルムプケ麻痺があり、それぞれがどの神経の線維成分を多く含むかによってその支配領域に応じた症状をあらわす。





    ■ 下肢の解剖

    大腿前面
    (1) 大腿前面の皮下で大伏在静脈を剖出(伏在裂孔に入り大腿静脈に注ぐ)
    (2) 大腿の伸筋群を同定。縫工筋と大腿直筋を筋腹で切断して翻すと、大腿深動脈とそのいくつかの枝を確認できる
    (3) 鼡径靱帯と寛骨の間で血管裂孔と筋裂孔を確認。大腿動静脈と伏在神経(大腿神経の枝)を内転筋腱裂孔に至るまで追う
    (4) 大腿三角(スカルパ三角)で内転筋群を同定。長内転筋を筋腹で切断し、翻して閉鎖神経を出す
    下腿前面, 足背
    (1) 膝蓋部の腱や靱帯を観察後、下腿前区画および外側区画の筋群を同定
    (2) 外側区画で浅腓骨神経、前区画で前脛骨動脈と深腓骨神経を剖出。長腓骨筋の起始部を取り除くと、総腓骨神経が浅腓骨神経と深腓骨神経に分岐するところを確認できる(深腓骨神経は前下腿筋間中隔を貫いた後、前脛骨動脈と出会う)
    (3) 足背で皮神経・皮静脈を観察後、短趾伸筋と短母趾伸筋を切断して翻し足背動脈(弓状動脈)を剖出する
    臀部, 大腿後面, 膝窩
    (1) 大殿筋と中殿筋をそれぞれ停止部に近い筋腹で切断して翻し、関連する神経・動脈を同定
    (2) 深部の筋群を同定した後、大坐骨孔の梨状筋上孔と梨状筋下孔、また小坐骨孔を通る構造物をそれぞれ確認する
    (3) 坐骨結節に起始する大腿の屈筋群を同定。大腿二頭筋長頭を切断し、坐骨神経を求める
    (4) 坐骨神経の分岐(脛骨神経と総腓骨神経)を確認した後、膝窩の脂肪・リンパ節などを取り除き膝窩動静脈(内転筋腱裂孔からの大腿動静脈)を剖出する
    下腿後面, 足底, 関節
    (1) 下腿後区画の筋群を同定。腓腹筋を取り除きアキレス腱を切断してヒラメ筋を翻すと、深層の筋群を確認できる。同時に脛骨神経と後脛骨動脈さらにその枝である腓骨動脈を剖出
    (2) 足底の厚い皮膚と腱膜を剥離し、内在筋を同定。同時に外側足底動脈と内側足底動脈および同名の神経を確認する。またこれらと深部の筋を適宜除いていくと外側から来て内側楔状骨と第1中足骨に停止する腱が見られるので、ピンセットでつまんで引っ張ってみるとよい
    (3) 膝関節をつくる靱帯を同定した上で関節腔を開き、中に十字靱帯と半月板を見る。足の関節ではショパールとリスフランの関節をそれぞれ観察する


    演習問題

    問1. 血管裂孔に見られるのはどれか。

     ① 腸腰筋
     ② 大腿動脈
     ③ 大腿神経
     ④ 外側大腿皮神経
     ⑤ ローゼンミューラーのリンパ節

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  • ②, ⑤
  • 鼡径靱帯の深層には内側に血管裂孔 Vascular space があり、ここを外腸骨動脈が貫き大腿動脈 Femoral artery となって大腿前面に出る(内側に同名の静脈を伴う)。血管裂孔の最内側には大腿管 Femoral canal と呼ばれる疎性結合組織を満たす空隙があり、ここにローゼンミューラーのリンパ節を認める。このリンパ節には下肢全体のリンパが注ぎ、下肢の感染によって腫脹する(膀胱や直腸・子宮のがんが逆行性に転移して腫れる場合も)。多くのリンパ管を通す大腿管の上端は大腿輪 Femoral ring と呼ばれる腹壁の脆弱部位となり、時に大腸・小腸が脱出する(大腿ヘルニア)。他の選択肢は血管裂孔の外側にある筋裂孔を通る。



    問2. 内転筋管を通るのはどれか。

     ① 閉鎖神経
     ② 伏在神経
     ③ 大腿動脈
     ④ 大腿深動脈
     ⑤ 大伏在静脈

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  • ②, ③
  • 内転筋管は内側広筋・大内転筋および両者の間に張る膜状の線維に囲まれたトンネルで、大腿動静脈と、大腿神経の皮枝である伏在神経を通す。大腿動静脈は内転筋管を下行すると大内転筋の腱の裂け目(内転筋腱裂孔)を貫いて膝窩に出る(膝窩動静脈)。このように太い血管が関節の屈側を好んで通るのは、伸側を通った場合に運動によって引っ張られて損傷するリスクを回避した結果とも考えられる。



    問3. 梨状筋下孔を通らないのはどれか。

     ① 坐骨神経
     ② 上殿神経
     ③ 下殿神経
     ④ 陰部神経
     ⑤ 後大腿皮神経

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  • 梨状筋は仙骨前面から起こり大坐骨孔を横切って大腿骨の大転子に着く。大坐骨孔はこれによって上下に区切られ(梨状筋上孔・下孔)、ともに骨盤から臀部に出る重要な血管・神経の通り道となっている。人体最大の末梢神経である坐骨神経が梨状筋下孔から出る部位は、上後腸骨棘と坐骨結節を結ぶ線のおおむね中点にあたる。



    問4. 下腿の筋と支配神経の組み合わせについて誤っているのはどれか。

    ① 後脛骨筋―脛骨神経
    ② 前脛骨筋―深腓骨神経
    ③ 長腓骨筋―浅腓骨神経
    ④ 腓腹筋―脛骨神経
    ⑤ ヒラメ筋―深腓骨神経

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  • 下腿の筋と神経・血管に関する問いに対しては、まずそれが(骨間膜と筋間中隔によって分けられる)外側区画・前区画・後区画のいずれに含まれるかをイメージできていると良い。ヒラメ筋は腓腹筋などと同じ、脛骨神経・後脛骨動脈・腓骨動脈を通す後区画に含まれる。下腿の筋膜区分は強固で、例えば前脛骨動脈からの出血(あるいは血種)によって前区画の組織圧が高まるとひどい痛みに加えその区画に含まれる伸筋群と深腓骨神経が圧迫され足を背屈できなくなる(コンパートメント症候群)。そのような場合には前区画を開放するために、下腿筋膜を適切な部位で速やかに切開すべきだろう。



    問5. 片側の下肢で立って対側の足を地面から離すと通常、骨盤は遊脚側に挙上する。この骨盤の支持に最も貢献している立脚側の筋はどれか。

    ① 大腿二頭筋
    ② 大殿筋
    ③ 中殿筋
    ④ 長内転筋
    ⑤ 縫工筋

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  • 中殿筋は股関節を外転し、骨盤の安定に貢献している。立脚側の股関節の外転筋の機能が低下していると、歩行時、遊脚側の骨盤は安定性を失い下制する。このような歩行の異常をトレンデレンブルグ徴候陽性と表現するが、トレンデレンブルグ歩行は中殿筋の麻痺あるいは筋力低下以外にも股関節の脱臼や大腿骨頚部の骨折など股関節周囲の障害によっても見られる。





    上肢

    ■ 上肢の骨

     上肢の骨は上肢帯における鎖骨 Clavicle肩甲骨 Scapula、自由上肢における上腕の上腕骨 Humerus、前腕の橈骨 Radius尺骨 Ulna、手の手根骨 Carpal bones(8個)、中手骨 Metacarpal bones(5個)、指骨 Phalanx(基節骨5個, 中節骨4個, 末節骨5個)からなり、これらが左右1対ある。下の表に示す。


    骨の名称 特徴
    鎖骨
    Clavicle
    棒状の膜性骨で前後に緩やかなS字状をなし、全長を体表から触知できる。内側端で第1肋軟骨を介して胸骨柄と連結し(胸鎖関節)、外側端で肩甲骨(肩峰の内側面)と関節をつくる(肩鎖関節)。外側1/3の下面に肩鎖関節を補強する烏口鎖骨靭帯が付着する
    肩甲骨
    Scapula
    逆三角形の扁平な骨。外側角に上腕骨頭が収まる関節窩がある。後面の上部に棚のように広がる隆起(肩甲棘 Spine of scapula)が見られ、その外側端の突出物(肩峰 Acromion)に至るまで体表から触知できる。上縁にある烏口突起 Coracoid process もまた鎖骨外側部の直下に触知できる
    上腕骨
    Humerus
    近位端の上腕骨頭は肩甲骨の関節窩に収まって球状関節をつくり(肩関節 Shoulder joint)、遠位端は尺骨・橈骨と関節をつくる(肘関節 Elbow joint)。肘関節はすなわち上腕骨滑車と尺骨(滑車切痕)の腕尺関節、上腕骨小頭と橈骨(頭)の腕橈関節、そして尺骨と橈骨の上橈尺関節からなる複合関節であり、これらは内側・外側側副靭帯および橈骨輪状靭帯によって補強される
    橈骨
    Radius
    前腕の母指側の骨。細くなった近位端(橈骨頭)で上腕骨小頭と関節をつくり、外側に茎状突起をもつ太い遠位端では手根骨の舟状骨・月状骨と関節をつくる。尺骨とは近位部と遠位部の2か所で関節をつくり(上・下橈尺関節)、またその骨間は強い線維性の膜(骨間膜)を張る
    尺骨
    Ulna
    前腕の小指側の骨。太くなった近位部は肘頭 Olecranon をつくり、その前外側面には上腕骨滑車と関節をなす滑車切痕が見られる。細くなった遠位端(尺骨頭)の一部は丸く突出し、手根部背面の尺側に触れることができる(尺骨茎状突起 Ulnar styloid process)。橈骨との関連は上欄に述べた
    手根骨
    Carpal bones
    近位列には母指側から舟状骨月状骨三角骨豆状骨、遠位列には母指側から大菱形骨小菱形骨有頭骨有鈎骨がある。豆状骨は尺側手根屈筋腱中にできた種子骨である。手根骨間の滑膜性関節は単一の関節腔を共有し、また多くの靭帯によって補強される
    中手骨
    Metacarpal bones
    第1~5中手骨はそれぞれ母指、示指、中指、薬指、小指に対応し、中手骨頭は各指の基節骨と楕円形の中手指節関節(MP関節 Metacarpophalangeal joint)をつくる
    指骨
    Phalanx
    母指は近位から基節骨末節骨、その他の指は基節骨、中節骨、末節骨からなる。これらは母指で指節間関節(IP関節 Interphalangeal joint)、その他の指で近位指節間関節(PIP関節 Proximal interphalangeal joint)、遠位指節間関節(DIP関節 Distal interphalangeal joint)をつくる。指節間関節はいずれも蝶番型で、側副靭帯および掌側靭帯により補強される




    ■ 上肢帯の筋

     上肢帯を肩甲部と腋窩に分け、それぞれの筋の起始・停止、神経支配、作用を下の表に示す。なお肩甲部浅層にある僧帽筋、肩甲挙筋、小菱形筋、大菱形筋、腋窩後壁にある広背筋は背部>浅背筋に示した。


    肩甲部の筋

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    三角筋
    Deltoid
    起始: 肩甲棘下縁, 肩峰外側縁, 鎖骨(外側1/3)

    停止: 上腕骨(三角筋粗面)
    腋窩神経 [C5, 6] 肩の外転・屈曲・伸展
    棘上筋
    Supraspinatus
    起始: 肩甲棘上窩(内側2/3), 筋を覆う深筋膜

    停止: 上腕骨大結節(上部)
    肩甲上神経 [C5] 肩の外転(初期)
    棘下筋
    Infraspinatus
    起始: 肩甲棘下窩(内側2/3), 筋を覆う深筋膜

    停止: 上腕骨大結節(後面中央)
    肩甲上神経 [C5] 肩の外旋
    小円筋
    Teres minor
    起始: 肩甲骨後面

    停止: 上腕骨大結節(後面下部)
    腋窩神経 [C5] 肩の外旋
    大円筋
    Teres major
    起始: 肩甲骨下角後面

    停止: 上腕骨前面(結節間溝内側唇)
    肩甲下神経 [C5-7] 肩の内転・内旋

    腋窩の筋

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    大胸筋
    Pectoralis major
    起始: 鎖骨前面(内側1/2), 胸骨前面, 第1~7肋軟骨, 第6肋骨胸骨端, 外腹斜筋腱膜

    停止: 上腕骨(結節間溝外側唇)
    内側・外側胸筋神経 [C5-T1] 肩の屈曲・内転
    鎖骨下筋
    Subclavius
    起始: 第1肋骨(肋軟骨移行部)

    停止: 鎖骨下面(中央1/3)
    鎖骨下筋神経 [C5, 6] 鎖骨の下制, 肩鎖関節の安定
    小胸筋
    Pectoralis minor
    起始: 第3~5肋骨前面・上縁および関連する肋間隙の深筋膜

    停止: 肩甲骨烏口突起
    内側胸筋神経 [C6-8] 肩甲骨を前下方へ引く
    前鋸筋
    Serratus anterior
    起始: 第1~9肋骨外側面および同位の肋間隙の深筋膜

    停止: 肩甲骨内側縁の肋骨面
    長胸神経 [C5-7] 肩甲骨の前方移動・回転, 肩甲骨内側縁・下角の胸郭への近接
    肩甲下筋
    Subraspinatus
    起始: 肩甲下窩(内側2/3)

    停止: 上腕骨小結節
    肩甲下神経 [C5-7)] 肩の内旋, 肩関節の安定




    ■ 上腕の筋

     上腕は筋膜が筋間中隔と呼ばれる強い線維性の膜によっていくつかの屈筋(烏口腕筋、上腕二頭筋、上腕筋)がある前区画と、伸筋(上腕三頭筋)がある後区画に分けられる。それぞれの筋の起始・停止、神経支配、作用を下の表に示す。


    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    烏口腕筋
    Coracobrachialis
    起始: 烏口突起先端

    停止: 上腕骨体中央部内側
    筋皮神経 [C5-7] 肩の屈曲
    上腕二頭筋
    Biceps brachii
    起始: 肩甲骨関節上結節(長頭), 烏口突起先端(短頭)

    停止: 橈骨粗面
    筋皮神経 [C5, 6] 肘の屈曲・回外, 肩の屈曲の補助
    上腕筋
    Brachialis
    起始: 上腕骨前面および近隣の筋間中隔

    停止: 尺骨粗面・鈎状突起
    筋皮神経 [C5, 6](外側部は橈骨神経 [C7]) 肘の屈曲
    上腕三頭筋
    Triceps brachii
    起始: 肩甲骨関節下結節(長頭), 上腕骨後面(内側頭, 外側頭)

    停止: 尺骨肘頭
    橈骨神経 [C6-8] 肘の伸展, 肩の伸展・内転(長頭)




    ■ 前腕の筋

     前腕は(1) 橈骨前縁から深筋膜に至る外側筋間中隔、(2) 橈骨と尺骨に全長にわたって張る骨間膜、(3) 尺骨後縁に付着する深筋膜によって、上腕と同様に前区画と後区画に分けられる。前区画には手指の屈曲や回内を行う筋群、後区画には手指の伸展や回外を行う筋群がある。それぞれの起始・停止、神経支配、作用を下の表に示す。


    前区画浅層・中間層の筋

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    尺側手根屈筋
    Flexor carpi ulnaris
    起始: 上腕頭―上腕骨内側上顆, 尺骨頭―尺骨後縁・肘頭

    停止: 豆状骨, 有鈎骨, 第5中手骨
    尺骨神経 [C7-T1] 手根の屈曲・内転
    長掌筋
    Palmaris longus
    起始: 上腕骨内側上顆

    停止: 手掌腱膜
    正中神経 [C7, 8] 手根の屈曲
    橈側手根屈筋
    Flexor carpi radialis
    起始: 上腕骨内側上顆

    停止: 第2・3中手骨底
    正中神経 [C6, 7] 手根の屈曲・外転
    円回内筋
    Pronator teres
    起始: 上腕頭―上腕骨内側上顆・上顆上稜, 尺骨頭―尺骨鈎状突起内側面

    停止: 橈骨体中央部外側面粗面
    正中神経 [C6, 7] 回内
    浅指屈筋
    Flexor digitorum superficialis
    起始: 上腕尺骨頭―上腕骨内側上顆, 尺骨鈎状突起; 橈骨頭―橈骨斜線

    停止: 第2~5中節骨底掌側面
    正中神経 [C8, T1] 第2~5指PIP関節・手根の屈曲

    前区画深層の筋

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    深指屈筋
    Flexor digitorum profundus
    起始: 尺骨前・内側面, 骨間膜前内側

    停止: 第2~4末節骨遠位部掌側面
    外側部―正中神経,内側部―尺骨神経 [C8, T1] 第2~5指DIP関節(二次的にPIP・MP関節)の屈曲
    長母指屈筋
    Flexor pollicis longus
    起始: 橈骨前面, 骨間膜橈側

    停止: 母指末節骨底掌側面
    正中神経 [C7, 8] 母指IP・MP関節の屈曲
    方形回内筋
    Pronator quadratus
    起始: 尺骨遠位部前面

    停止: 橈骨遠位部前面
    正中神経 [C7, 8] 回内

    後区画浅層の筋

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    腕橈骨筋
    Brachioradialis
    起始: 上腕骨上顆上稜近位部

    停止: 橈骨遠位端外側面
    橈骨神経 [C5, 6] 軽度回内位にある肘の屈曲
    長橈側手根伸筋
    Extensor carpi radialis longus
    起始: 上腕骨外側上顆・上顆上稜遠位部

    停止: 第2中手骨底背側面
    橈骨神経 [C6, 7] 手根の背屈・橈側外転
    短橈側手根伸筋
    Extensor carpi radialis brevis
    起始: 上腕骨外側上顆

    停止: 第2・3中手骨底背側面
    橈骨神経深枝 [C7, 8] 手根の背屈・橈側外転
    総指伸筋
    Extensor digitorum
    起始: 上腕骨外側上顆

    停止: 第2~5指の指背腱膜・中節骨底・末節骨底
    後骨間神経 [C7, 8] 第2~5指の伸展, 手根の背屈
    小指伸筋
    Extensor digiti minimi
    起始: 上腕骨外側上顆

    停止: 小指の指背腱膜
    後骨間神経 [C7, 8] 小指の伸展補助
    尺側手根伸筋
    Extensor carpi ulnaris
    起始: 上腕骨外側上顆

    停止: 第5中手骨底内側面
    後骨間神経 [C7, 8] 手根の背屈・尺側外転
    肘筋
    Anconeus
    起始: 上腕骨外側上顆

    停止: 尺骨肘頭後外側面・後面
    橈骨神経 [C6-8] 肘の伸展補助, 肘の屈曲時の回内

    後区画深層の筋

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    回外筋
    Spinator
    起始: 上腕頭―上腕骨外側上顆, 外側側副靭帯, 輪状靭帯; 尺骨頭―尺骨回外筋稜

    停止: 橈骨外側面
    後骨間神経 [C6, 7] 回外
    長母指外転筋
    Abductor pollicis longus
    起始: 尺骨・橈骨後面およびその近傍の骨間膜

    停止: 第1中手骨底外側面
    後骨間神経 [C7, 8] 母指(手根中手関節)の外転・伸展補助
    短母指伸筋
    Extensor pollicis brevis
    起始: 橈骨およびその近傍の骨間膜

    停止: 母指基節骨底背側面
    後骨間神経 [C7, 8] 母指MP関節の伸展, 母指(手根中手関節)の伸展
    長母指伸筋
    Extensor pollicis longus
    起始: 尺骨後面およびその近傍の骨間膜

    停止: 母指末節骨底背側面
    後骨間神経 [C7, 8] 母指の全関節(IP関節, MP関節, 手根中手関節)の伸展
    示指伸筋
    Extensor indicis
    起始: 尺骨後面およびその近傍の骨間膜

    停止: 示指の指背腱膜
    後骨間神経 [C7, 8] 示指の伸展




    ■ 手の内在筋

     手の内在筋は短掌筋、第1~4背側・掌側骨間筋、母指内転筋、第1~4虫様筋、母指球筋 Thenar muscles小指球筋 Hypothenar musclesからなる。前腕に発して手に及ぶ筋群が手の力強い運動を行うのに対して、手の内在筋は手指のより精密な運動を担う。母指球筋と第3・4虫様筋は正中神経、その他の筋は尺骨神経に支配される。それぞれの筋の起始・停止、神経支配、作用を下の表に示す。

     なお、手指は中指から遠ざかる運動を外転、近づく運動を内転とする。すなわち手の指を広げた時、いずれの指も外転していることになる。また中指は内側・外側のどちらの方向への運動も外転とし、それぞれ尺側・橈側外転と呼ばれる。


    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    短掌筋
    Palmaris brevis
    起始: 手掌腱膜, 屈筋支帯

    停止: 手の内側縁の皮膚
    尺骨神経浅枝 [C8, T1] 手の握りを強化する
    背側骨間筋
    Dorsal interossei
    起始: 向かい合う2つの中手骨側面(例えば第1―は母指中節骨内側面と示指中節骨外側面)

    停止: 示指(第1―)・中指(第2・3―)・薬指(第4―)基底骨底および指背腱膜
    尺骨神経深枝 [C8, T1] 示指・中指・薬指の外転
    掌側骨間筋
    Palmar interrosei
    起始: 示指中節骨内側面, 薬指・小指中節骨外側面

    停止: 同手指の指背腱膜
    尺骨神経深枝 [C8, T1] 示指・薬指・小指の内転
    母指内転筋
    Adductor pollicis
    起始: 横頭―第3中手骨; 斜頭―有頭骨, 第2・3中手骨底

    停止: 母指基底骨底, 指背腱膜
    尺骨神経深枝 [C8, T1] 母指の内転
    虫様筋(第1~4)
    Lumbricals
    起始: 深指屈筋腱

    停止: 示指(第1―)・中指(第2―)・薬指(第3―)・小指(第4―)指背腱膜
    正中神経(第1・2―), 尺骨神経深枝(第3・4―)[C8, T1] IP関節の伸展, MP関節の屈曲

    母指球筋

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    母指対立筋
    Opponens pollicis
    起始: 大菱形骨結節, 屈筋支帯

    停止: 第1中手骨外側縁・掌側面
    正中神経反回枝 [C6, 7] 母指を小指の方へ引く
    短母指外転筋
    Abductor pollicis brevis
    起始: 舟状骨結節, 大菱形骨結節, 屈筋支帯

    停止: 母指基節骨, 指背腱膜
    正中神経反回枝 [C6, 7] 母指の外転
    短母指屈筋
    Flexor pollicis brevis
    起始: 大菱形骨結節, 屈筋支帯

    停止: 母指基節骨
    正中神経反回枝 [C6, 7] 母指MP関節の屈曲

    小指球筋

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    小指対立筋
    Opponens digiti minimi
    起始: 有鈎骨鈎, 屈筋支帯

    停止: 母指基節骨
    尺骨神経深枝 [C8, T1] 小指を母指の方へ引く
    小指外転筋
    Abductor digiti minimi
    起始: 豆状骨, 豆鈎靭帯, 尺側手根屈筋腱

    停止: 小指基底骨底
    尺骨神経深枝 [C8, T1] 小指の外転
    短小指屈筋
    Flexor digiti minimi brevis
    起始: 有鈎骨鈎, 屈筋支帯

    停止: 小指基底骨底
    尺骨神経深枝 [C8, T1] 小指MP関節の屈曲




    ■ 上肢の血管

    腋窩動脈と上腕動脈
     上肢に分布する動脈の根幹である腋窩動脈 Axillary artery は、鎖骨下動脈が鎖骨と第一肋骨の間を通って腋窩に出たところから始まる。同動脈は胸部・肩部にいくつかの枝(下表)を出しながら大胸筋・小胸筋の裏、肩関節の下を通って大円筋の下縁で上腕動脈 Brachial artery に移行する。上腕動脈は上腕二頭筋の内側縁に沿って下行しながら上腕の筋群(筋枝)や上腕骨(栄養動脈)に分布するほか、肘関節周囲の動脈網に至る枝(下表)を出し、肘窩で橈骨動脈と尺骨動脈に分かれる。

     腋窩動脈と上腕動脈の各枝の走行および分布領域について下の表にまとめた。


    腋窩動脈の枝

    血管の名称 走行・分布領域
    最上胸動脈 小枝で、腋窩の内側上部(小胸筋, 前鋸筋)へ
    胸肩峰動脈 鎖骨のすぐ下で起こり、胸壁(三角筋, 大胸筋)、肩峰部、鎖骨下部へ
    外側胸動脈 胸郭の外側壁を下行し、前鋸筋へ。乳腺への太い枝も出す(女性)
    肩甲下動脈 腋窩動脈最大の枝で、肩甲骨の外側縁に沿って後下方に走行し、胸背動脈と肩甲回旋動脈に分かれる

    胸背動脈―広背筋、前鋸筋へ

    肩甲回旋動脈―内側腋窩隙を通って背側に回り、棘下筋へ
    前上腕回旋動脈 上腕骨頚部の前面を横走し、肩甲骨およびその周辺の筋へ
    後上腕回旋動脈 外側腋窩隙を通って上腕骨頚部の後面を回り、肩関節およびその付近の筋へ

    上腕動脈の枝

    血管の名称 走行・分布領域
    上腕深動脈 上腕動脈上部から出て上腕骨後面を橈骨神経とともに下る。上腕骨栄養動脈と三角筋枝を出した後、中側副動脈と橈側側副動脈に分かれて肘関節動脈網に加わる
    上尺側側副動脈 上腕深動脈の近くで内側に出て下行しながら上腕筋と上腕三頭筋に分布し、肘関節動脈網へ
    下尺側側副動脈 上腕動脈の下部から出て下行し、肘関節動脈網へ


    橈骨動脈と尺骨動脈
     橈骨動脈 Radial artery は腕橈骨筋の内側を下行しながら前腕の橈側にある筋群、肘関節動脈網(橈側反回動脈)、手根動脈網などに枝を出し、橈側手根屈筋腱の橈側に至る(ここで脈をとることができる)。尺骨動脈 Ulnar artery は浅指屈筋と深指屈筋の間を下行し、尺側手根屈筋腱の橈側に沿って屈筋支帯の浅層を通り豆状骨の橈側に至る。同動脈はこの間に前腕の尺側にある筋群、肘関節動脈網(尺側反回動脈)に枝を出すほか、肘窩の下縁で総骨間動脈を出す。総骨間動脈は骨間膜前面を走る前骨間動脈と、後面を走る後骨間動脈に分かれる。後骨間動脈は反回骨間動脈を出すが、これもやはり肘関節動脈網に加わる。肘関節動脈網に見られるこのような複数の動脈の吻合は、上腕動脈が下部で閉塞した場合の末梢への側副路として役立つ。

     手根部に達した橈骨動脈と尺骨動脈は手掌で吻合して動脈弓をつくる。すなわち橈骨動脈の浅掌枝と尺骨動脈の終枝による浅掌動脈弓と、橈骨動脈の終枝と尺骨動脈の深掌枝による深掌動脈弓である。手にはこれらの動脈弓からの枝に加え、前・後骨間動脈からの血液供給も得た背側手根動脈の枝などが分布する。

    上肢の静脈
     上肢の主要な皮静脈である橈側皮静脈 Cephalic vein尺側皮静脈 Basilic vein は、よく発達した手背の静脈網のそれぞれ橈側と尺側から起こり上行する。橈側皮静脈は前腕の橈側、上腕の外側上腕二頭筋溝を上行して三角筋と大胸筋の間(三角筋胸筋溝)に沿いながら深部に進入し、腋窩静脈に注ぐ。尺側皮静脈は前腕の尺側、肘窩、内側上腕二頭筋溝を上行して上腕中部で深部に入り込んで上腕静脈に注ぐ。またこれら両皮静脈を連絡する皮静脈が前腕前面で前腕正中皮静脈、肘窩で肘正中皮静脈 Median cubital vein として見られる。肘正中皮静脈は採血に用いられる血管としてよく知られる。

     上肢深部の静脈は同名の動脈に伴行する(腋窩静脈, 上腕静脈, 橈骨静脈, 尺骨静脈)。またこれらの静脈は腋窩静脈を除いて2本あり、動脈の両側に沿って走る。





    ■ 上肢の神経

     上肢は腕神経叢 Brachial plexus(C5-T1前枝)の枝に支配される。腕神経叢は頚部から起こり第1肋骨の上を通って腋窩に達する間に上神経幹(C5, 6)・中神経幹(C7)・下神経幹(C8, T1)、さらに外側神経束(C5-7)・内側神経束(C8, T1)・後神経束(C5-T1)へと複雑に分岐・合流し、また複数の枝を出しながら、腋窩動脈を取り囲むように走行する。

    神経根~神経幹
     腕神経叢は神経根(脊髄にほど近い領域)で肩甲背神経(C5)と長胸神経(C5-7前枝)を出す。肩甲背神経は中斜角筋を貫いて肩甲骨内側縁に沿って走り、大菱形筋と小菱形筋を支配する。長胸神経は頚部を垂直に下行して腋窩内側壁を下り、前鋸筋を支配する。
     神経根はやがてC5・6線維が合流して上神経幹、C7が中神経幹、C8・T1が下神経幹となり、腋窩に入る。その間、上神経幹は肩甲上神経(→ 棘上筋, 棘下筋)と鎖骨下筋神経(→ 鎖骨下筋)を出す。

    外側神経束
     外側神経束は上神経幹と中神経幹前部が合流してつくられる。同神経束は外側胸筋神経(→ 大胸筋)を出した後、筋皮神経 Musculocutaneous nerve と正中神経外側根に分かれる。筋皮神経は烏口腕筋を貫いて上腕二頭筋と上腕筋の間を走行し上腕前区画の筋群を支配した後、前腕では外側前腕皮神経として終わる。正中神経外側根は後述の内側神経束の枝と合流して正中神経をつくる。

    内側神経束
     内側神経束は下神経幹前部から移行する。同神経束は近位から内側胸筋神経(→ 小胸筋, 大胸筋)、内側上腕皮神経(→ 上腕遠位部1/3の内側の皮膚)、内側前腕皮神経(→ 前腕前面の皮膚)を出した後、尺骨神経 Ulnar nerve と正中神経内側根に分かれる。
     尺骨神経は前腕で尺側手根屈筋と深指屈筋(内側半)に枝を出しながら手に入る。同神経は手のほぼ全ての内在筋(母指球筋および虫様筋の一部を除く)と、小指掌側面・環指内側半およびこれらに沿った手掌・手根部、手の内側部背面の皮膚を支配する。
     正中神経内側根は外側神経束の枝と合流して正中神経 Median nerve をなす。正中神経は上腕動脈の前を通って前腕に入り、前腕前区画の大部分の筋群(尺側手根屈筋と深指屈筋内側半を除く)を支配する。さらに手根管を通って手のいくつかの内在筋(母指球筋および虫様筋の一部)と、母指・示指・中指の掌側面、手掌外側部、手根中央部の皮膚に至る。

    後神経束
     後神経束は腋窩動脈の後方で上・中・下神経幹の後部の線維が合流してつくられ、腕神経叢をなすC5~T1すべての線維成分を含む。同神経束は近位から上肩甲下神経(→ 肩甲下筋)、胸背神経(→ 広背筋)、下肩甲下神経(→ 肩甲下筋, 大円筋)、腋窩神経(→ 三角筋, 小円筋)を出して腋窩後壁の筋群を支配し、橈骨神経 Radial nerve に移行する。
     橈骨神経は腋窩から出て上腕・前腕の後区画を走行し、それらの筋群および上腕・前腕の後面、上腕下方の外側面、手背外側部の皮膚を支配する。





    下肢

    ■ 下肢の骨

     下肢は上肢と多くの共通する構造をもつ。下肢の骨は下肢帯における寛骨 Coxal bone、自由下肢における大腿の大腿骨 Femur、膝蓋部の膝蓋骨 Patella、下腿の脛骨 Tibia腓骨 Fibula、足の足根骨 Tarsal bone(7個)、中足骨 Metatarsal(5個)、趾骨 Phalanx(基節骨5個, 中節骨4個, 末節骨5個)からなり、これらが左右1対ある。下の表に示す(中足骨および趾骨は省略した)。


    骨の名称 特徴
    寛骨
    Coxal bone
    上部の腸骨 Ilium、後下部の坐骨 Ischium、前下部の恥骨 Pubis からなる。腸骨上縁は厚く顕著な高まり(腸骨稜 Iliac crest)となり、前端は上前腸骨棘 Anterior superior iliac spine、後端は上後腸骨棘といういずれも体表から触知できる構造に終わる。左右の腸骨稜の頂点を結ぶ線(ヤコビー線 Jacoby line)は第4腰椎の高さに一致する。左右の恥骨は線維軟骨を介して互いに連結し(恥骨結合 Pubic symphysis)、寛骨下外側部の腸骨、坐骨、恥骨が癒合する(寛骨臼)で大腿骨頭と球状の関節をつくる(股関節 Hip joint)。また寛骨は腸骨で仙骨と関節をつくり、尾骨と合わせて骨盤 Pelvisを形成する
    大腿骨
    Femur
    大腿骨頭から骨頚を経た骨幹の近位端にある大きな隆起(大転子 Greater trochanter)とその下後方にある小さな隆起(小転子Lesser trochanter)には股関節の運動に関わる筋群が付着する。遠位端は2つの顆状突起で脛骨と膝蓋骨を加えて関節をつくる(膝関節 Knee joint)。人体で最大の滑膜性関節である膝関節は内側・外側側副靭帯と前・後十字靭帯により補強され、関節腔には「半月板」と呼ばれる半月形の2つの線維軟骨(内側・外側半月)が存在する。寛骨との関連は上欄に述べた
    膝蓋骨
    Patella
    大腿四頭筋腱の中に形成される、人体最大の種子骨
    脛骨
    Tibia
    下腿の母指側の骨。両端は拡大し、近位端は大腿骨と関節をつくり、遠位端の下面および内側の隆起(内果 Medial malleolus)は足根骨の距骨と関節をつくる。近位端の内側面で腓骨頭と滑膜性でありながら極めて可動性の小さい関節をつくる(脛腓関節)。脛骨と腓骨の骨間には前腕と同様に骨間膜が存在する
    腓骨
    Fibula
    下腿の小指側の骨。脛骨に比べて細く、遠位端膨大部(外果 Lateral malleolus)の内面は距骨と関節をつくる。脛骨との関連は上欄に述べた
    足根骨
    Tarsal bone
    近位に距骨と踵骨、中間位に舟状骨、遠位に立方骨と外側・中間・内側楔状骨がある。近位の骨と中間・遠位の骨との関節はショパールの関節 Chopart's joint、遠位の骨と中足骨との関節はリスフランの関節 Lisfranc's joint と呼ばれ、足の切断の際などに用いられる




    ■ 臀部の筋

     臀部は骨盤と大腿骨近位端の後外側にあって、この部の筋は主に股関節の外転・伸展・外旋を行う。それぞれの筋の起始・停止、神経支配、作用を下の表に示す。


    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    梨状筋
    Piriformis
    起始: 仙骨前面(各仙骨孔の間)

    停止: 大腿骨大転子上縁内側面
    仙骨神経叢の枝 [L5-S2] 股関節の外旋・外転
    内閉鎖筋
    Obturator internus
    起始: 閉鎖膜内面, 閉鎖孔周辺

    停止: 大腿骨大転子内側面
    内閉鎖筋神経 [L5, S1] 股関節の外旋・外転
    上双子筋
    Gemellus superior
    起始: 坐骨棘外面

    停止: 内閉鎖筋腱上面, 大腿骨大転子内側面
    内閉鎖筋神経 [L5, S1] 股関節の外旋・外転
    下双子筋
    Gemellus inferior
    起始: 坐骨結節上部

    停止: 内閉鎖筋腱下面, 大腿骨大転子内側面
    大腿方形筋神経 [L5, S1] 股関節の外旋・外転
    大腿方形筋
    Quadratus femoris
    起始: 坐骨結節前方の坐骨外側面

    停止: 大腿骨近位部の転子間稜(方形結節)
    大腿方形筋神経 [L5, S1] 股関節の外旋
    小殿筋
    Gluteus minimus
    起始: 腸骨上外側面(下殿筋線と前殿筋線の間)

    停止: 大腿骨大転子前外側面
    上殿神経 [L4-S1] 股関節の外転, 歩行時の骨盤の安定
    中殿筋
    Gluteus medius
    起始: 腸骨外側面(前殿筋線と後殿筋線の間)

    停止: 大腿骨大転子外側面
    上殿神経 [L4-S1] 股関節の外転, 歩行時の骨盤の安定
    大殿筋
    Gluteus maximus
    起始: 中殿筋を覆う筋膜, 腸骨外面, 仙骨下部の背面, 尾骨外縁, 仙結節靭帯外面

    停止: 腸脛靭帯後面, 大腿骨近位部(殿筋粗面)
    下殿神経 [L5-S2] 股関節の伸展, 股関節・膝の安定
    大腿筋膜張筋
    Tensor fasciae latae
    起始: 腸骨稜外縁(上前腸骨棘と腸骨稜結節の間)

    停止: 腸脛靭帯
    上殿神経 [L4-S1] 伸展位での膝の安定




    ■ 大腿の筋

     大腿は筋間中隔によって前区画、後区画、内側区画に分けられる。前区画には膝関節の伸展を行う筋群があり、大腿神経に支配される。後区画は股関節の伸展・膝関節の屈曲を行う筋群があり、坐骨神経に支配される。また後区画の筋群は、一般的にハムストリングスと総称される。内側区画には股関節の内転を行う筋群があり、大部分が閉鎖神経の支配を受ける。それぞれの筋の起始・停止、神経支配、作用を下の表に示す。


    前区画

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    大腰筋(※1)
    Psoas major
    起始: 後腹壁(第12胸椎~第5腰椎)

    停止: 大腿骨小転子
    腰神経叢の枝 [L1-3] 股関節の屈曲
    腸骨筋(※1)
    Iliacus
    起始: 後腹壁(腸骨窩)

    停止: 大腿骨小転子
    大腿神経 [L2, 3] 股関節の屈曲
    内側広筋(※2)
    Vastus medialis
    起始: 大腿骨の転子間線内側部・恥骨筋線・粗線内側唇・内側顆上線

    停止: 脛骨粗面(※3)
    大腿神経 [L2-4] 膝の伸展
    中間広筋(※2)
    Vastus intermedius
    起始: 大腿骨の前面・外側面上部2/3

    停止: 脛骨粗面(※3)
    大腿神経 [L2-4] 膝の伸展
    外側広筋(※2)
    Vastus lateralis
    起始: 大腿骨の転子間線外側部・殿筋粗面外側縁・粗線外側唇

    停止: 脛骨粗面(※3)
    大腿神経[L2-4] 膝の伸展
    大腿直筋(※2)
    Rectus femoris
    起始: 下前腸骨棘(直頭), 寛骨臼直上の腸骨(反転頭)

    停止: 脛骨粗面(※3)
    大腿神経 [L2-4] 膝の伸展, 股関節の屈曲
    縫工筋(※4)
    Sartorius
    起始: 上前腸骨棘

    停止: 脛骨粗面下内側部(※5)
    大腿神経 [L2, 3] 股関節の屈曲・外転・外旋, 膝の屈曲・内旋

    ※1 併せて腸腰筋 Iliopsoas
    ※2 併せて大腿四頭筋 Quadriceps femoris
    ※3 大腿四頭筋腱は膝蓋骨を覆い、膝蓋靭帯 Patellar ligament として脛骨に停止する
    ※4 仕立て屋(縫工)があぐらをかいて(股関節を外向きに曲げながら膝を内向きに曲げて)作業したことから
    ※5 縫工筋の停止腱は薄筋、半腱様筋の腱とともに鵞足 Pes anserinus をつくる


    後区画

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    大腿二頭筋
    Biceps femoris
    起始: 坐骨結節上部(長頭), 大腿骨粗線外側唇(短頭)

    停止: 腓骨頭
    長頭―脛骨神経, 短頭―総腓骨神経 [L5-S2] 膝の屈曲・(不完全な屈曲位からの)外旋, 股関節の伸展・外旋(長頭)
    半腱様筋
    Semitendinosus
    起始: 坐骨結節上部

    停止: 脛骨近位内側面
    脛骨神経 [L5-S2] 膝の屈曲・内旋, 股関節の伸展・内旋
    半膜様筋
    Semimembranosus
    起始: 坐骨結節上外側部の圧痕

    停止: 脛骨内側顆内側後面の溝と近隣の骨
    脛骨神経 [L5-S2] 膝の屈曲・内旋, 股関節の伸展・内旋

    内側区画

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    薄筋
    Gracilis
    起始: 坐骨枝・恥骨下枝外面

    停止: 脛骨体近位部内側面
    閉鎖神経 [L2, 3] 股関節の内転, 膝の屈曲
    恥骨筋
    Pectineus
    起始: 恥骨櫛(恥骨体の上縁)と近隣の骨

    停止: 大腿骨近位部後面
    大腿神経 [L2, 3] 股関節の内転・屈曲
    長内転筋
    Adductor longus
    起始: 恥骨体外面(恥骨結合の外側)

    停止: 大腿骨粗線中央部1/3
    閉鎖神経前枝 [L2-4] 股関節の内転・内旋
    短内転筋
    Adductor brevis
    起始: 恥骨体, 恥骨下枝外面

    停止: 大腿骨近位部後面・粗線上部1/3
    閉鎖神経 [L2, 3] 股関節の内転
    大内転筋
    Adductor magnus
    起始: 内転筋部―坐骨恥骨枝, ハムストリング部―坐骨結節

    停止: 大腿骨粗線・内転筋結節
    内転筋部―閉鎖神経, ハムストリング部―脛骨神経 [L2-4] 股関節の内転・内旋
    外閉鎖筋
    Obturator externus
    起始: 閉鎖膜外表面と近隣の骨

    停止: 大腿骨転子窩
    閉鎖神経後枝 [L3, 4] 股関節の外旋




    ■ 下腿の筋

     下腿は骨間膜や筋間中隔によって前区画、外側区画、後区画に分けられる。前区画には足の背屈・内反および足趾の伸展を行う筋群があり、総腓骨神経の枝である深腓骨神経に支配される。外側区画には足の外反を行う長・短腓骨筋があり、総腓骨神経の枝である浅腓骨神経に支配される。後区画には足の底屈・内反および足趾の屈曲を行う筋群があり、脛骨神経に支配される。それぞれの筋の起始・停止、神経支配、作用を下の表に示す。


    前区画

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    前脛骨筋
    Tibialis anterior
    起始: 脛骨外側面近位部と近傍の下腿骨間膜

    停止: 内側楔状骨および近傍の第1中足骨の底面
    深腓骨神経 [L4, 5] 足の背屈・内反, 内側縦足弓の動的支持
    長母指伸筋
    Extensor hallucis longus
    起始: 腓骨内側面中央部と近傍の下腿骨間膜

    停止: 母趾末節骨底の背面
    深腓骨神経 [L5, S1] 母趾の伸展, 足の背屈,
    長趾伸筋
    Extensor digitorum longus
    起始: 腓骨内側面近位部, 脛骨外側顆

    停止: 第2~5中節骨底・末節骨底の背面
    深腓骨神経 [L5, S1] 第2~5趾の伸展, 足の背屈
    第三腓骨筋
    Fibularis tertius
    起始: 腓骨内側面遠位部

    停止: 第5中足骨底の背内側面
    深腓骨神経 [L5, S1] 足の背屈・外反

    外側区画

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    長腓骨筋
    Fibularis longus
    起始: 腓骨上部外側面, 腓骨頭と近傍の下腿筋間中隔

    停止: 内側楔状骨遠位端, 第1中足骨底
    浅腓骨神経 [L5-S2] 足の外反・底屈, 足弓の支持
    短腓骨筋
    Fibularis brevis
    起始: 腓骨骨幹外側面

    停止: 第5中足骨底の外側結節
    浅腓骨神経 [L5-S2] 足の外反

    後区画

    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    足底筋
    Plantaris
    起始: 大腿骨外側顆上稜下部, 斜膝窩靭帯

    停止: アキレス腱を介し踵骨後面
    脛骨神経 [S1, 2] 足の底屈, 膝の屈曲
    腓腹筋(※1)
    Gastrocnemius
    起始: 大腿骨内側顆の直上(内側頭)・外側顆の上後外側面(外側頭)

    停止: アキレス腱を介し踵骨後面
    脛骨神経[S1, 2] 足の底屈, 膝の屈曲
    ヒラメ筋(※1)
    Soleus
    起始: 脛骨ヒラメ筋線・内側縁, 腓骨頭後面・腓骨頚・腓骨体近位部, 脛骨-腓骨間の腱弓

    停止: アキレス腱を介し踵骨後面
    脛骨神経[S1, 2] 足の底屈
    膝窩筋
    Popliteus
    起始: 大腿骨外側顆

    停止: 脛骨近位部後面
    脛骨神経[L4-S1] 膝関節の安定
    長母趾屈筋
    Flexor hallucis longus
    起始: 脛骨後面と近傍の下腿骨間膜

    停止: 母趾末節骨底の足底面
    脛骨神経 [S2, 3] 母趾の屈曲
    長趾屈筋
    Flexor digitorum longus
    起始: 脛骨後面の内側部

    停止: 第2~4末節骨底の足底面
    脛骨神経[S2, 3] 第2~5趾の屈曲
    後脛骨筋
    Tibialis posterior
    起始: 下腿骨間膜後面と近傍の脛骨・腓骨部位

    停止: 舟状骨粗面と近傍の内側楔状骨部位
    脛骨神経 [L4, 5] 足の内反・底屈, 内側縦足弓の動的支持

    ※1 併せて下腿三頭筋 Triceps surae





    ■ 足の内在筋

     足の内在筋は短趾伸筋を除きすべて底側にあり、足の微細な運動を行う。またこれらは深腓骨神経に支配される短趾伸筋および背側骨間筋の一部を除き、脛骨神経の内・外側足底枝に支配される。それぞれの筋の起始・停止、神経支配、作用を下の表に示す。


    筋の名称 起始・停止 神経支配 作用
    母趾外転筋
    Abductor hallucis
    起始: 踵骨隆起の内側突起

    停止: 母趾基節骨底の内側面
    内側足底神経 [S2, 3] 母趾の外転・屈曲
    短趾屈筋
    Flexor digitorum brevis
    起始: 踵骨隆起の内側突起, 足底腱膜

    停止: 第2~5中節骨の足底面
    内側足底神経 [S2, 3] 第2~5趾PIP関節の屈曲
    小趾外転筋
    Abductor digiti minimi
    起始: 踵骨隆起の内・外側突起, 踵骨-第5中足骨底間の結合組織

    停止: 小趾基節骨底の外側面
    内側足底神経 [S2, 3] 小趾の外転
    足底方形筋
    Quadratus plantae
    起始: 踵骨内側面, 踵骨隆起の外側突起

    停止: 長趾屈筋腱外側面
    外側足底神経 [S2, 3] 第2~5趾の屈曲補助
    虫様筋
    Lumbricals
    起始: 第2趾に付随する長趾屈筋腱内側面(第1―), 向かい合う2つの長趾屈筋腱の側面(第2~4―)

    停止:
    内側足底神経(第1―), 外側足底神経(第2~4―)[S2, 3] MP関節の屈曲, IP関節の伸展
    短母趾屈筋
    Flexor hallucis brevis
    起始: 立方骨・外側楔状骨の足底面, 後脛骨筋腱

    停止: 母趾基節骨底の内・外側面
    内側足底神経 [S2, 3] 母趾MP関節の屈曲
    母趾内転筋
    Adductor hallucis
    起始: 第3~5趾MP関節に付随する靭帯(横頭), 第2~4中足骨底・長腓骨筋腱鞘(斜頭)

    停止: 母趾基節骨底の外側面
    外側足底神経 [S2, 3] 母趾の内転
    短小趾屈筋
    Flexor digiti minimi brevis
    起始: 第5中足骨底と近傍の長腓骨筋腱鞘

    停止: 小趾基節骨底の外側面
    外側足底神経 [S2, 3] 小指MP関節の屈曲
    背側骨間筋
    Dorsal interossei
    起始: 向かい合う2つの中足骨の側面

    停止: 第2~4趾の趾背腱膜・基節骨底
    外側足底神経 [S2, 3], 深腓骨神経(第1・2―の一部) 第2~4趾の外転, 第2~4趾のIP関節屈曲・MP関節伸展への拮抗
    底側骨間筋
    Plantar interossei
    起始: 第3~5中足骨内側面

    停止: 第3~5趾の趾背腱膜・基節骨底
    外側足底神経 [S2, 3] 第3~5趾の内転, 第3~5趾のIP関節伸展・MP関節屈曲への拮抗
    短趾伸筋
    Extensor digitorum brevis
    起始: 踵骨上外側面

    停止: 母趾基節骨底(短母趾伸筋), 第2~4趾長趾伸筋腱外側面
    深腓骨神経 [S1, 2] 母趾MP関節の伸展(短母趾伸筋), 第2~4趾の伸展




    ■ 下肢の血管

    大腿動脈と膝窩動脈
     下肢に分布する血液の根幹は大腿動脈 Femoral artery である。外腸骨動脈が鼠径靱帯と骨盤上縁の間隙の内側部(血管裂孔)を通って大腿前面に現れるところから始まる大腿動脈は、大腿三角(スカルパ三角, ※1)を縫工筋の内側縁に沿って下行して内転筋管(※2)をくぐり、さらに内転筋腱裂孔(※3)を通って膝窩に達し膝窩動脈 Popliteal artery となる。この間に同動脈の枝は大腿部、鼠径部、さらには前腹壁の下部に分布する(下表)。膝窩動脈は内・外側の上・中・下膝動脈(>膝関節動脈網)やいくつかの筋枝を出しながら膝窩を下行し、前・後脛骨動脈に分かれる。

     大腿動脈の枝の走行および分布領域を下の表に示す。


    血管の名称 走行・分布領域
    浅腹壁動脈 鼠径靱帯からすぐ下で起こり、同靱帯の表層を上行して前腹壁下部の皮膚へ。臍の高さで上腹壁動脈(<内胸動脈<鎖骨下動脈)と吻合する
    浅腸骨回旋動脈 鼠径靱帯からすぐ下で起こり、同靱帯に沿って外上方に回って周囲の皮膚に終わる
    外陰部動脈 浅腹壁動脈・浅腸骨回旋動脈よりやや下で起こり、外陰部(陰嚢 / 大陰唇)に分布する
    大腿深動脈 大腿動脈最大の枝で、鼠径靱帯の約5 cm下の後側から起こる。長内転筋の深部を下行しながらいくつかの筋枝と内側・外側大腿回旋動脈、および貫通動脈を出す

    内側大腿回旋動脈―内転筋群の上方で後内方に出た後、大腿骨頚の後面に向かって走行し大腿骨頭を含む大腿後面の上部へ

    外側大腿回旋動脈―外側に向かって上下に分かれ、大腿部全長にわたって広がる。大腿骨頚の前面を走行する枝は大腿骨頭の血液供給にも貢献する
    下行膝動脈 内転筋管内で起こり、筋枝を出しながら大腿内側を下行して膝関節周囲動脈網に加わる

    ※1 大腿前面の上内側部で、上側が鼠径靱帯、外側が縫工筋に内側縁、内側が長内転筋の外側縁で囲まれる三角領域
    ※2 大内転筋の腱膜が内側広筋の内側に付着してつくられた管
    ※3 大内転筋の広い停止部の、大腿骨の粗線に停止する腱と内側上顆に停止する腱の間にできた裂け目



    前脛骨動脈と後脛骨動脈
     前脛骨動脈 Anterior tibial artery は膝窩動脈から起こるとすぐに下腿骨間膜の上部を貫き、枝を出しながら骨間膜前面(前脛骨筋の深層)を下行して足背に達し足背動脈となる。足背動脈は弓状動脈をつくって中足部(背側中足動脈)や足趾(背側趾動脈)に分布し、第1・2中足骨の間から足底に出て後脛骨動脈に由来する足底動脈弓と吻合する。長母趾伸筋腱と長趾伸筋腱の間で触れることができる拍動は、足背動脈のものである。

     後脛骨動脈 Posterior tibial artery は前脛骨動脈よりも太く、起始部で腓骨動脈 Fibular artery を出す。後脛骨動脈はその後、脛骨とその付近の筋に枝を出しながらヒラメ筋の深層を下行しアキレス腱の内側に出ると内果の外側を回り足底に達し内側・外側足底動脈に分かれる。内側足底動脈は主として母趾に分布し、外側足底動脈は足底動脈弓をつくって中足部や足趾に分布する。足底動脈弓は足背動脈の終枝と吻合する。一方、腓骨動脈は腓骨とその付近の筋に枝を出しながら腓骨後面に沿って下行し、その終枝は足背の動脈と吻合する。



    下肢の静脈
     下肢の主要な皮静脈である大伏在静脈 Greate saphenous vein小伏在静脈 Small saphenous vein は、いずれも足底静脈網とより発達した足背静脈網から起こる。静脈網の内側から起こる大伏在静脈は内果のすぐ前を通って下腿の内側を上行し、膝蓋骨の内側縁の深層を通って大腿に達すると内側から前面に寄りながら上行し鼠径靱帯の下に開いた大腿筋膜の裂け目(伏在裂孔)から深部に入り込んで大腿静脈に注ぐ。一方、静脈網の外側から起こる小伏在静脈は外果の後面を走行して下腿の後外側を上行し、膝窩で深部に入って膝窩静脈に注ぐ。

     下腿深部の静脈は同名の動脈と伴行する(大腿静脈, 膝窩静脈, 前脛骨静脈, 後脛骨静脈)。またこれらの静脈は1本の動脈に対して2本ある。一般に深静脈は動脈とぴったりくっついて共通の結合組織の鞘に包まれており、これによって動脈血から静脈血へ熱が受け渡され末梢部における放熱の影響を和らげている。





    ■ 下肢の神経

     下肢は後腹壁と骨盤の後外側壁にある腰神経叢 Lumbar plexus(L1-3前枝, L4前枝の一部)および仙骨神経叢 Sacral plexus(S1-3前枝, S4前枝の一部)からの枝によって主に支配される。腰神経叢からは腸骨下腹神経・腸骨鼠径神経・陰部大腿神経・外側大腿皮神経・大腿神経・閉鎖神経といくつかの筋枝が、仙骨神経叢からは上殿神経・下殿神経・後大腿皮神経・坐骨神経とやはりいくつかの筋枝が出る。主要な枝について後述する。

    大腿神経
     大腿神経 Femoral nerve(L2-4前枝)は腹部から鼡径靭帯と骨盤上縁の間隙の外側部(筋裂孔)を通って大腿三角に入る。同神経は大腿前区画の筋群と大腿前面、膝の前内側、下腿・足の内側の皮膚を支配する。

    閉鎖神経
     閉鎖神経 Obturator nerve(L2-4)は後腹壁に沿って下行し、骨盤腔から閉鎖管を通って大腿に入る。同神経は大腿内側区画の筋群(大内転筋の一部と恥骨筋を除く)と大腿上部内側の皮膚を支配する。

    上殿神経と下殿神経
     上殿神経 Superior gluteal nerve(L4-S1)と下殿神経 Inferior gluteal nerve(L5-S2)は大坐骨孔を梨状筋のそれぞれ上方(梨状筋上孔)と下方(梨状筋下孔)から出て臀部に至る。いずれも臀部の筋の主要な支配神経である。

    坐骨神経
     坐骨神経 Sciatic nerve(L4-S3)は梨状筋下孔を通って骨盤を出て臀部を通り、大腿の後区画に入る。同神経は大腿後区画の筋群、大内転筋の一部、下腿・足の筋群、下腿・足の外側および足底の皮膚を支配する。
     坐骨神経は末梢神経としては人体で最も太く、大腿の後区画において(しばしばかなり近位から)さらに主要な2本の神経、脛骨神経 Tibial nerve総腓骨神経 Common fibular nerve に分かれる。脛骨神経は膝窩を垂直に下行し、下腿では主に後区画の筋群を支配する。総腓骨神経は膝窩の下外側縁上を大腿二頭筋腱に沿って走行しながら外側腓腹皮神経を分枝すると腓骨頭の直下(長腓骨筋の起始部の深層)にて、そのまま外側区画を下行する浅腓骨神経 Superficial fibular nerve と、筋間中隔を貫いて下腿の前区画に入る深腓骨神経 Deep fibular nerve に分かれる。